都心の原っぱはこうして誕生した。日本のシュリーマンが見つけた旧都が公園に。

都心の原っぱはこうして誕生した。日本のシュリーマンが見つけた旧都が公園に。

大阪の真ん中に、1300年前の余白。

大阪城から南へ。ビルやマンションが並ぶ大阪の中心部を歩いていると、突然、視界が開ける。大きな空。広い原っぱ。そして、その真ん中をまっすぐ延びていく一本の道。難波宮跡公園だ。大阪の都心に、どうしてこれほど大きな土地が残っているのだろう。その答えは、1300年以上前まで遡る。

ここは、かつて日本の中心だった。

現在は芝生が広がるこの場所に、かつて難波宮があった。天皇が暮らし、政治が行われた場所。つまり、いま子どもたちが走り回っているこの原っぱは、かつて日本という国の中心だった場所でもある。公園には、大極殿跡が残されている。そこに立って周囲を見渡す。目の前には古代の宮殿跡。その向こうには高層マンション。1300年以上の時間が、ひとつの風景の中に収まっている。この奇妙なコントラストこそ、難波宮跡の面白さだ。

忘れられた都が、もう一度現れた。

しかし、難波宮がずっと大切に保存されてきたわけではない。時代が下ると宮殿は姿を消し、近代には陸軍の駐屯地となった。そして戦後。この場所で発掘調査が行われ、地中から古代の宮殿跡が姿を現す。大阪の街の下に、忘れられていた都が眠っていた。都市というものは、古いものを壊して新しいものをつくるだけではない。ときどき地面を掘ると、街が忘れていた記憶が出てくる。

遺跡なのに、普通の公園。

難波宮跡公園を歩いていて面白いのは、ここにあまり「史跡らしさ」がないことだ。大極殿跡のそばで、子どもたちが遊んでいる。犬を連れて散歩する人がいる。原っぱを横切っていく人がいる。歴史的な場所だからといって、柵で囲われているわけではない。古代の都が、現在の大阪の日常の中にそのまま置かれている。それがいい。歴史は、必ずしも静かに鑑賞するものではないのかもしれない。

一本の道を歩く。

原っぱの中を、一本の道が延びている。ここを歩くのが気持ちいい。周囲には高層マンション。少し離れれば大阪城。道路には車が走り、すぐ近くには地下鉄の駅もある。それなのに、この場所だけ空が妙に大きい。大阪の中心部でこれほど何もない場所は、むしろ贅沢だ。

都市には、何もない場所が必要だ。

街は、放っておくと何かで埋まっていく。ビル。マンション。商業施設。道路。だからこそ、難波宮跡公園の「何もなさ」が面白い。1300年以上前の遺構があったからこそ、結果として大阪の中心部に巨大な余白が残った。歴史を保存した場所が、現代の人にとっては、空を眺めたり、散歩したり、子どもが走り回ったりする場所になっている。過去を残すことが、未来の都市の余白をつくる。そう考えると、史跡公園というものが少し違って見えてくる。

1300年前の都を、散歩する。

難波宮跡公園へ来たからといって、歴史を勉強しなくてもいい。大極殿跡を眺める。一本の道を歩く。気に入った場所で立ち止まる。そして、「ここに昔、都があったのか」と少しだけ想像する。それくらいでいい。大阪メトロ谷町四丁目駅から徒歩1分。大阪の真ん中には、1300年以上の時間がつくった、大きな余白がある。今日はそこを、ゆっくり歩いてみよう。

北側には、新しい「庭」ができた。

難波宮跡公園を歩いたら、そのまま北へ。道路を一本渡った先に、2025年、新しい場所が誕生した。その名も〈なノにわ〉。広い芝生の横に、カフェやレストランが並ぶ。古代の宮殿跡を歩いたあと、そのままコーヒーを飲んだり、芝生でひと休みしたりできる。1300年前の都と、2025年に生まれた新しい公園。せっかくなら、ふたつをセットで歩いてみたい。

古代の大阪を歩いたあとは、新しい大阪の「庭」へ。

▶︎なノにわの記事

Infomation

難波宮跡公園

アクセス:大阪メトロ谷町4丁目駅徒歩1分

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